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岡山地方裁判所 平成9年(行ウ)6号 判決 1998年5月20日

原告

川崎輝通(X1)

橋本逸夫(X2)

右両名訴訟代理人弁護士

浦部信児

近藤幸夫

被告

日生町長 田原隆雄(Y)

右訴訟代理人弁護士

河原太郎

河原昭文

理由

一  請求原因1、2は当事者間に争いがない。

二  請求原因3について判断する。

1  事実関係

右の争いのない事実に〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。

(一)  本件土地の概要

本件土地の近隣地域(接面町道沿いに、北西一〇〇メートル・南東三五〇メートル)は、JR赤穂線日生駅の南西方約四〇〇メートルに位置し、国道二五〇号線南側の臨海部に料理旅館・リゾートマンション・レストラン・造船所等が見られる保養・観光地域であり、標準的使用は幅員約六・〇メートルの町道に等高接面する一〇〇平方メートルないし一五〇平方メートル程度の敷地に中低層の店舖併用住宅の利用と認められ、日生町中心部に隣接する良立地と埋立地の発展動向等から、観光・商業利用が将来進むものと予測される。

本件土地は、南西側で、幅員約六・〇メートルの町道(舖装)に等高接面する、間口約三七メートル・奥行約四五メートル・面積一六四九・七六平方メートル(約四九九坪)の長方形平坦地であり、接面町道は国道二五〇号線にも約一〇〇メートルで連絡し、日生駅に約四〇〇メートル、町役場に約一〇〇メートル、中日生港に二〇〇メートルといずれも徒歩圏内にあり、周囲は、東側がスナック・造船所、西側が町道・料理旅館・住宅・鉄工所等、南側が町道、北側が中日生港であって、環境阻害要因は見当たらず、都市計画区域内の無指定地域にあり、分割して、観光用施設の敷地として利用されるのが最有効使用方法と考えられる。

(二)  本件土地の売却に至る経緯

(1) 本件土地は、昭和四〇年代後半から五〇年代初期にかけて海面埋立によって造成された町有地である。

右埋立に際し、日生町は、日生町漁業協同組合に対し、漁業補償に代わるものとして、本件土地の所有権を譲渡したが、所有名義は日生町のままにしていた。

鹿久居荘は、日生町でも一、二を誇る大きな割烹料理旅館であるが、本件土地に隣接する土地上に旅館建物を建て営業している。

日生町漁業協同組合は、本件土地を取得後牡蛎筏作業場として使用していたが、作業に使用しない期間は鹿久居荘に駐車場として利用させていた。

同組合は、平成七年、事務所及び水産施設の新規埋立地への移転事業が採択されたため、日生町に対し、右事業資金の補助を受ける代わりに本件土地を含む土地に対する権利を放棄した。

その後も日生町は、鹿久居荘に対し、引き続き本件土地を駐車場として利用させていた。

(2) 鹿久居荘は、平成八年三月六日、引き続き本件土地を駐車場として使用するほか、本件土地を利用して事業を拡大したいとして、日生町に対し、本件土地の払下申出書を提出した。

(3) 日生町は、隣接地で営業し、駐車場として長年使用している実績があることなどの事情に配慮し、鹿久居荘に対し本件土地を売却するのが相当と判断し、同年五月二七日、町議会総務委員会にその旨報告した。

日生町は、鹿久居荘以外にも本件土地の買受希望者がないかどうかを、町内の金融機関や商工会等を通じて調査したが、鹿久居荘以外に買受希望者を見出すことはできなかった。

総務委員会での協議の結果、総務委員長は、同年六月二〇日、同月定例会町議会において、鹿久居荘から駐車場及び事業の拡大のため本件土地を利用したいとして払下要望書が提出されたこと、その内容は、本件土地全体を購入したいが、資金の関係もあり、三〇〇坪から四五〇坪に限って譲ってほしいというものであること、譲受希望場所は鹿久居荘横の町道隣接部分であること、町執行部としては右要望に応えるべく検討の結果、鹿久居荘に対する分譲予定範囲は約三四五坪とし、残りを約七〇坪の商業用地二区画、うち一区画は四〇坪の緩衝帯を設ける案で検討していること、随意契約の場合は漁協移転の際の評価坪単価を基準とすること、他に購入の希望がないか金融機関や商工会等を通じて問い合わせた結果、現在のところは土地購入希望者は発見できないこと、委員会としては、一団の土地として分譲するため、鹿久居荘の要望を尊重したいとの認識であるが、地方自治法上一般競争入札が原則であり、今後も購入の要望の有無について考慮し、合わせて区画内に町道の設置も検討するよう要望していることを報告した。

(4) 日生町は、不動産鑑定士に本件土地の鑑定を依頼し、同年八月二九日付で鑑定書が提出された。右鑑定書によると、本件土地の同年七月一日現在の評価額は、一平方メートル当たり一三万五〇〇〇円、総額二億二二七一万円であった。

同年九月二五日、同月定例会町議会において、総務委員長から、鹿久居荘への随意契約の方法による譲渡価格としては漁協移転の際の評価坪単価五一万八〇〇〇円を考えていること、本件土地の鑑定評価額は三・三平方メートル当たり四五万円から四六万円程度であることが報告された。

(5) 日生町は、同年一〇月、町の広報誌「広報ひなせ」の紙上で鹿久居荘が本件土地の払下げを希望していること、分譲予定価格が三・三平方メートル当たり五一万八〇〇〇円であること及び払下希望者は同年一〇月三一日までに町役場総務課財政係に申し出るべき旨の記事を掲載し、同月五日頃、これを日生町の全戸に配付した。

しかし、右期限までに一件問い合わせがあったものの申込はなかった。

(6) 総務委員長は、同年一二月一七日、同月定例会町議会において、右のように購入希望の申込がなかったこと、執行部としては、本件土地のうち鹿久居荘に対する譲渡予定範囲を約三二九坪とし、これを坪単価五一万八〇〇〇円で随意契約の方法により譲渡したい旨報告し承認された。

(7) マンション建築業者マリンプラザ株式会社は、同年一二月一八日、分譲マンション建設用地として本件土地を三・三平方メートル当たり五三万円で買い受けたい旨の払下要望書を日生町宛に提出した。

日生町執行部は、町議会総務委員会にも報告した上、右要望について協議したが、鹿久居荘に対する売渡方針は変更しなかった。

総務委員長は、平成九年三月一〇日、同月定例会町議会において、マリンプラザ株式会社から右要望書が提出されたこと、本件土地の面積確定ができていないため鹿久居荘との契約締結は遅れているが、平成八年一二月定例会総務委員長報告のとおり、鹿久居荘へ随意契約の方法により約三二九坪の範囲で譲渡すること、委員会としては、マリンプラザ株式会社の要望があるものの、今までの審議経過から鹿久居荘への分譲については執行部の方針を承認すること、但し、鹿久居荘への分譲は随意契約の方法により、直ぐに転売される可能性もあることから、転売禁止期間の設定等売却条件については慎重に対応するよう要望していることを報告し承認された。

2  判断

原告らは、普通地方公共団体が締結する契約については、その公正を確保するため一般競争入札の方法が原則とされているところ、本件売却行為については、例外的に随意契約の方法によることができる場合を定めた地方自治法施行令一六七条の二第一項各号所定の事由がないから、本件売却行為は地方自治法二三四条一項、二項に違反する違法な財産処分であると主張し、これに対し、被告は、本件売却行為は同法施行令一六七条の二第一項二号、四号及び五号に該当し、随意契約の方法により得る場合である旨反論する。

そこで、この点について判断するに、右のように普通地方公共団体がその所有の不動産を売却する場合においては、地方自治法二三四条一項、二項の規定により契約締結の方法として一般競争入札を原則とし、同法施行令一六七条の二第一項各号に定める場合に該当するときに限り、随意契約の方法によることができるものとしているのは、主として契約手続の公開による公正の確保、契約価額の有利性を図るためであり、随意契約によることが有利であり、合理的である場合もあり得るが、随意契約によることの弊害を防止することを重んずる趣旨に出たものである。そして、地方自治法二三四条一項、二項及び同法施行令一六七条の二第一項は、およそ普通地方公共団体の締結する売買、貸借、請負その他の契約全般について適用されるものであり、普通地方公共団体の長の行う事務の執行は、さまざまな事情の下で、多種多様な個別的、具体的事情を総合的に考慮し、合目的的判断により遂行するものであることからすると、同法施行令一六七条の二第一項に掲げる場合に該当するか否かは抽象的な形式的又は画一的基準によって決すべきものではなく、法が二三四条二項の規定により確保しようとしている売却手続の公開による公正の確保及び契約価額の有利性を図るという目的に照らし、諸般の事情を総合的に勘案して決すべきものである。

以上のところからすれば、本件土地は、それ自体独立して取引対象となるのはもとより、立地条件等諸条件に優れ、商業用地として一般的有用性の高い土地であるから、取得者の資金調達能力や事業計画及び経営手腕次第では、その利用目的は広範かつ多彩であると推察され、妥当な条件で売却することもさほど困難であるとは考えられないし、日生町だけの立場からすれば、特に本件土地の処分が急がれる事情があるものとも認め難い。

なるほど、前記認定の経緯からすると、従前の利用形態と隣接関係によれば、鹿久居荘の払下希望を配慮したとみられる日生町の措置には首肯し得る面もあり、逐一交渉経過を同町議会に報告してその承認を得るとともに、土地評価額についても不動産鑑定士の評価を経て、町内の金融機関や商工会を通じて買受希望者の有無を打診しただけでなく、町の広報誌を用いて買受希望者を募集しているのはいずれも実質的に地方自治法の前記趣旨を実現しようとする配慮に出たものと認められ、それなりに評価できないではないし、町有地の売却について一般競争入札に適するか否かの判断について町長にある程度の裁量の余地があることも否定できない。

しかし、そのような見地から考えても、鹿久居荘は、単に従前本件土地を駐車場として使用していたにすぎず、本件土地につき「特別の縁故がある者」(会計法二九条の三第五項、予算決算及び会計令九九条参照)とは到底いえないこと、本件売却行為も本件土地全体を一括して売却するのではなくて鹿久居荘の譲受希望範囲のみを譲渡するものであること、前記広報誌での記事掲載についても、その法的根拠が判然としないばかりか、通常の町有地の公売広告(甲第一三号証参照)と比較して、掲載面積も締切日等の関係で広く一般町民から買受希望者を募るという観点から考えた場合万全のものであったか疑問が残るし、金融機関や商工会を通じての買受希望者の募集についても具体的にどのような態様でなされたのかは明確でない。

したがって、被告において前記各事情をもって、その性質又は目的が競争入札に適しない(二号)とか、競争入札に付することが不利と認められるとき(四号)に該ると確信したとしても、右は受任者としての善管注意義務に違反し、法令の解釈適用を誤ったものといわざるを得ない。けだし、町の住民の信託に基づき町の財政の運営を一身に任された被告町長としては、町の財産を町に最も有利に処分し、いやしくも町に損失を及ぼすことがないように配慮すべき義務を負うものであるから、単に金融機関や商工会を通じて買受希望者の有無について打診するにとどまらず、複数の不動産取引業者にあたって本件土地売却の能否を質し、土地取引の実勢を把握するなどの措置をとったうえ、一般競争入札に付することが不利になり、本件土地の売却方法としては随意契約によることの方が、町に最も有利な処分であることを認めたというような特段の事情があるならともかく、売買等の契約の締結は、原則として一般競争入札の方法によるべきものとし、随意契約により得る場合を制限し、例外的方法としている地方自治法二三四条の法意に照らし、被告は前掲の各事情のみをもって漫然その性質又は目的が競争入札に適しないものとするとき(二号)とか、競争入札に付することが不利と認められるとき(四号)に該ると軽信すべきではなかったというべきである。

もっとも、前認定のとおり、日生町議会は平成八年一二月定例会において本件売却行為を承認しているけれども、議会が地方自治法九八条に基づいて行う検査は、議会の執行機関に対する行政監督作用として行われるものであって、それ自体としては何ら直接の法的効果を伴うものではなく、議会が右の検査の結果、本件売却行為の承認議決を行ったとしても、このような議決は、単なる議会の内部的意思決定であって、議会としては当該問題についてそれ以上町長の政治責任を追及しないとの立場を表明したに過ぎないと解するのが相当である。そうだとすると、右議決の存在が町長に対する差止請求権の発生を障害するものということはできない。

また、前記認定のとおり、鹿久居荘に対する分譲予定価格(坪単価五一万八〇〇〇円)は漁協移転の際の評価額であり、鑑定評価額も上回ってはいるけれども、後日とはいえ、現にマリンプラザ株式会社が坪単価五三万円で買受けを申し出ていることが認められる以上、一般競争入札に付した場合に右分譲予定価格以上の入札がある可能性は否定できないから、時価に比して著しく有利な価格で契約を締結することができる見込みのあるとき(五号)に該るということもできない。

してみると、被告が本件土地を随意契約の方法により売却しようとしていることについて疑惑を抱かれるような事情は見受けられないが、町長が地方自治体たる町と委任関係にあることに鑑みれば、被告が本件土地を売却するに当たって著しく注意義務を欠いたとのそしりは免れ得ないから、本件売却行為は違法であるといわざるを得ない。

三  〔証拠略〕を総合すれば、請求原因4の事実が認められる。

四  〔証拠略〕を総合すれば、請求原因5の事実が認められる。

五  請求原因6のうち、原告らが、平成九年四月一六日、日生町監査委員に対し、地方自治法二四二条一項に基づき監査請求を行ったことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、同年六月一六日付で原告らの請求は理由がないと判断されたことが認められる。

六  結論

以上の次第で、原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 小澤一郎 裁判官 吉波佳希 山田真由美)

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